日本特有の美意識である〝侘び寂び〟。
〈前編〉では〝侘び寂び〟という言葉の意味や日本人の感性を紹介しました。
「侘び」 とはつつましく、質素なものにこそ趣があると感じる心のことで、 「寂び」 とは時間の経過によって表れる美しさを指しますね。
〈後編〉では、もう少し掘り下げて考えていきましょう。
思想家であり美術史家、文人でもあった岡倉覚三(天心)(1863-1963)の著書 『The Book of Tae』 の中では、 「茶道の根本は〝不完全なもの〟を敬う心にあり」 と記されています。
“imperfect(不完全なもの)” という表現が侘びをよく表しており、英語で書かれた同書を通じて侘びは世界へと広まり、日本を代表する美意識として確立されていきました。
今回は、海外における〝侘び寂び〟の評価や日本との違いを見ていきたいと思います。
海外でも通じる「侘び寂び」
海外では “Wabi-Sabi (and Shibui)” は日本の美意識の一つとして評価されており、日本のデザインを表現する上で基本的な概念の一つとも考えられています。
西洋文化とは対極にある概念の〝詫び寂び〟をお伝えするために、「庭園」 の作り方を例に挙げましょう。
例えば、フランスはパリにある 「ヴェルサイユ宮殿」 では、シンボルとなる大きな噴水を中心に左右対称になるよう木々が配置されています。とても魅力的な庭園ですが、これは意図された美しさです。
一方、京都市にある 「桂離宮」 は、桂川沿いに位置し、周辺の自然との調和を意識した美しさがあります。人の手は加えられていますが、完璧を目指すのではなく、ありのままの形を活かすに留まります。
竜安寺をはじめとする 「枯山水」 なども、〝侘び寂び〟を表す代表的な日本の庭園だと言えるでしょう。(余談となりますが、今では枯山水の石庭で世界的に知られていますが、ここまで有名になったのは1975年にエリザベス2世が龍安寺を公式訪問した際に石庭を称賛したのがきっかけ。 当時の禅ブームの後押しもあって世界的にブレイクしました。)
また、日本庭園の特徴として、池には噴水の代わりに 「鹿威し」 が見られます。この事からも、様式の違いや美意識の差異が読み取れます。
西洋では合理的で完全なものが美しいと考えられる傾向にあり、不完全な美を好む日本の〝詫び寂び〟とは対極に位置していることが分かりますね。 「美しさ」 ひとつをとっても、これだけの違いがあることに驚きを感じます。
言語化しにくい感覚
多くの人にとって、〝侘び寂び〟の意味を簡単に説明することは困難だと思います。感覚的にこの言葉を使っていることも多く、使用者によってニュアンスが異なる場合もあるでしょう。
他言語への翻訳が難しいことから、海外でもそのまま「Wabi-Sabi」と表現されています。
西洋にはない価値観に面白さを感じる外国人も多いそうで、訪日旅行者や中長期滞在者の間では、茶の湯体験や寺社仏閣巡りの人気が広がっているようですね。
〈さらに深く!〉
『The Book of Tae』(茶の本)がヒットした理由は何なのでしょうか。
著者・岡倉天心は 『ハムレット』 で使用されている英単語を文中に多用することで、 「シェイクスピア=茶」 という見立てのスキーマを幾重にも蓄積したプロットを作り上げました。そこには物語の舞台をイギリスに置き換え、日本の茶に対する理解を深める上での〝仕掛け〟が施されているのです。
茶の文化は英米においても根付いていますが、ここで言う 「茶」 は社交の場に必要不可欠なアイテムであり、日本の 「茶」 とは意味合いが異なります。このような差異を知らずに紹介したところで、読解に誤りが生じ、適切に理解してもらうことは難しいでしょう。
英語圏の文化は 「一に聖書、二にシェイクスピア」 と言われています。聖書やシェイクスピアの作品を読み解くことは英語や英米文化に関する理解が得られるとされており、多くの人が手に取って読んでいるのです。
岡倉天心の、 「シェイクスピアの引用を挿入することで茶の文化とシェイクスピアを同定する」 という目論みは功を奏しました。こうして、 『The Book of Tae』 は世界で幅広く受け入れられ、日本の茶の文化が海外に浸透するに至ったのです。