だから、日本語は面白い

元・日本語教師で、難関の日本語教育能力検定試験を一発合格した筆者が、
渡航先や外国人妻との生活の中で改めて発見した、日本語の難しさや面白さ。
毎回一つの言葉を取り上げ、その意味や用法、日本人の感性などに触れていきます。

【第13回】〝侘び寂び〟日本独特の美意識概念 (前編)

 日本特有の美意識に、〝侘び寂び〟という言葉があります。
 前編となる今回は、語源を確認しながら日本人の感性を考えていきましょう。

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 「侘」 とは本来、 「気落ちする」 「あれこれ考えて困り苦しむ」 「悲しみに嘆き暮れる」 といった心身の状態を表す言葉でしたが、いつしか〝不十分な在り方〟に美が見出されるようになり、不足の美を表現する新しい美意識へと変化していきました。
 完全に整ってはいない様子は、人々に想像の余地を残します。
 例えば、日本には 「月見」 という行事があります。満月はもちろん美しいのですが、日本人は三日月や新月、雲や霞に隠れた月にも美しさを見出し、これを愛でてきました。
 不完全であるからこそ、そこに複雑さや味わいを感じ、時間の経過に思いを巡らせるのです。
 この 「侘」 は、室町時代後期に茶の湯と結びつき、「侘」の理解は急速に発達、江戸時代には松尾芭蕉が「侘」の美を徹底したというのが、一般的な説となります。

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 「寂」 とは、 「閑寂さの中に、奥深いものや豊かなものが自ずと感じられる美しさ」 を指し、動詞 「さぶ」 の名詞形になります。
 本来は時間の経過によって劣化した様子を意味しますが、人がいなくなって静かな状態を表す言葉へと変化しました。
 モノの(内部的)本質が時間の経過と共に外部へと滲み出てくることを 「然(しか)び」 と言い、これが音変して 「然(さ)び」 となることから、 「然」 の字を用いるべきだという主張もあります。
 筆者としては、英語で郷愁や哀愁を意味する “nostalgia” が、寂びの概念と近いと感じます。

〝感性〟と〝情緒〟の文化
 前述したように、 「侘び」 と 「寂び」 は本来別々の意味を持っていますが、現代ではひとまとめにして語られることが多いです。これは〝侘び寂び〟が 「日本人の一般的な生活感情の領域まで影響を与え、今日に至っているから」 と言えるのかもしれません。
 儚さや無常さに美しさを感じる美意識は、日本文化の中心思想なのでしょう。

〈さらに深く!〉
 金属の表面に現れた 「さび」 には、 「」 の漢字が当てられています。
 英語では “patina(緑青)” の美が類似のものとして挙げられ、緑青などが醸し出す雰囲気についても“patina” と表現されています。
 「さび」 には古めかしく渋みが出た 「アンティーク」 の意味合いもあります。古びた様子に美を見出す西欧の骨董趣味とは少し異なりますが、共通する面もあるのかもしれません。
 日本の 「さび」 は、より自然的な作用に重点が置かれる一方、 「アンティーク」 は歴史的な面に重点が置かれているようです。

だから、日本語は面白い 
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