【ごちそう(前編)】では、語源を紹介しました。
「ごちそう」の“ちそう(馳走)”とは、本来「走り回ること」「奔走すること」を意味します。
その様子から「もてなし」の意味が含まれるようになり、丁寧を表す接頭語がついた「ご馳走」は、「もてなしのための豪華な料理」、あるいは「(食事を)ふるまう」を意味する言葉として定着したという内容でしたね。
【ごちそう(中編)】では、日本語教育の現場で使用するテキストを紹介しつつ、学生たちとのコミュニケーションの中で「いただきます/ごちそうさま」 は日本だけの習慣であることに気づかされたと述べました。
さて、【ごちそう(後編)】にあたる今回は、私が日本語教育の現場で必ず伝えるよう心がけている、もう一つの「ごちそう」の意味についてです。
私たちは「ごちそう」という言葉を聞くと、ハレの日や特別な瞬間を演出する料理が思い浮かべますね。しかし、それだけが「ごちそう」なのでしょうか。
他の人にとっては一見変哲もないメニューでも、〝私〟にとっては「ごちそう」となるメニューがあるはずです。筆者にとってのごちそうは、母の作るシチューです。
北海道の冬は長いです。しんしんと雪が降り積もる夕暮れ、遊び疲れて家路につくと玄関先からクリームのいい匂いがしてきます。鮭、ブロッコリー、人参、じゃがいも、しめじの入った特製シチュー。
ちょっと奮発してホタテも入った日には、小躍りして喜んだものです。寒い雪道を帰ってくる私のことを思って作ってくれた、心も体も温まる母のメニュー。いまでも私にとって、特別な「ごちそう」となっています。
もう一つ挙げましょう。
カンボジアに何年も滞在していると、やはり日本食が恋しくなってきます。そんなとき、旅行で遊びに来ていた知人から味噌の差し入れをもらいました。さっそく味噌汁をつくり、焼きおにぎりに塗って食べましたが、望郷の念に駆られる味わいでした。あれも、「ごちそう」でしたね。
その人の思い出や置かれた状況に深く結びつく料理も、私は「ごちそう」であると思っています。
この話をした翌日は、必ず学生たちは「昨日は故郷の料理をつくりました!」と言ってきたものです。
さて、あなたにとっての「ごちそう」は何でしょうか?
次回(第9回)は、息抜きがてらにクイズを出題したいと思います。