だから、日本語は面白い

元・日本語教師で、難関の日本語教育能力検定試験を一発合格した筆者が、
渡航先や外国人妻との生活の中で改めて発見した、日本語の難しさや面白さ。
毎回一つの言葉を取り上げ、その意味や用法、日本人の感性などに触れていきます。

【第7回】ごちそう (中編)

 日本語教育の現場で使用する教材は、テキストひとつとっても、たくさんあります。どんな教材を選択するかは、学生のニーズや日本語レベル、学習期間や学校・教務主任の方針等で異なりますが、私がよく使用するテキストに 『テーマ別 中級から学ぶ日本語』というものがあります。

①日常身近に体験する出来事や社会的な話題について、自分の感想や考えが理由とともに説明できること。
②異なる視点や考え方を持つ相手とも、興味・関心を持って情報や意見の交換ができること。

 これらを到達目標としたテキストなのですが、『ごちそう』というタイトルの文章があるので少し引用します。

“時代が変われば、いろいろなことも変化するが、食事の風景もそのひとつだ。
家族みんなが集まってその日何があったかを話し、声を上げて笑う姿は、昔のことになってしまったようだ。遊び疲れておなかをすかせた子供たちが「今日の夕食はなんだろう」「お父さん、早く帰ってこないかな」と食事を楽しみにした時代があった。しかし、家族がいっしょにテーブルを囲むことが、今は少なくなった。「食事は家族の関係を強くする時間だ」と言われてきたが、食事も家族の関係も大きく変わろうとしている。
今は、スーパーやコンビニに行けば、食べ物があふれている。忙しい生活をする人たちのために、簡単にでき、栄養のバランスも考えられた商品がたくさん並んでいる。そこから選べば、時間をかけなくてもテーブルにごちそうが並ぶ。「食事を楽しみにする子供たちに何を食べさせてやろうか」「疲れて帰ってくる父親は何を喜ぶだろうか」と、ゆっくり時間をかけて食事の準備をする母親の姿は少なくなった。今は、みんなでテーブルを囲む食事は、なつかしい風景としか言えない時代になってしまったのだろうか。” 

引用: 『テーマ別 中級から学ぶ日本語(松田浩志・亀田美保)株式会社 研究社』  第3課 食べる  より

 人と人の結びつきが希薄になりつつある現代の「孤」社会を、家族の食事風景から伝えるものです。日本語学習者向けのテキストですが、日本人が読んでも考えさせられる内容になっていますね。
 食や家族の姿の変化には、その時代、その社会の在り方が色濃く反映されているようです。

 授業では本文の精読に入る前の導入として、私はいつも学生たちに自由に会話をしてもらっています。
「ごちそう」の意味を伝えるとともに、母国での食事風景や、留学生活中の食事等について意見交換がされますが、その中から気づかされたことを紹介します。

「いただきます/ごちそうさま」 は日本だけ
 海外にも「いただきます」「ごちそうさま」に該当する言葉はあるのでしょうか?私の知る限りでは、日本人と同じ感性で使用している国は見当たりません。
 英語表現では “ Let’s eat. ”が「いただきます」に相当しますが「さあ、食べよう」 くらいの意味ですね。
 “ I’m done.”(食べ終わりました)や “That was delicious.”(美味しかったです)というフレーズもありますが、食事の終わりや味の感想を述べるにとどまっています。

 国によっては、家長に対して「ごはんを食べさせてくれてありがとう」と感謝を表すこともあるようですが、特に何も言わないという国の方が圧倒的に多いです。
 食べるという習慣は同じでも、言葉や言葉の持つ概念は国によってさまざまなのは面白いですね。

次回も「ごちそう」についてお届けします。

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