奇跡のセオリーと人生哲学

世界の活動で得た奇跡のセオリーと人生哲学(2)「奇跡の天使力とは」

(2)「奇跡の天使力とは」 私は、著書「ムーンリヴァー」-世界11か国30万人に感動を届けたボランテイアの記録ーのサインに、「奇跡の天使力」という言葉を書きます。奇跡の天使力とは、誰もが生まれ持つ本質的な力のことを意味し …

(2)「奇跡の天使力とは」

私は、著書「ムーンリヴァー」-世界11か国30万人に感動を届けたボランテイアの記録ーのサインに、「奇跡の天使力」という言葉を書きます。奇跡の天使力とは、誰もが生まれ持つ本質的な力のことを意味します。まさに私は世界でのボランテイア活動の中で絶対絶命、なす術がないかと思われるような場面で、いつもこの力に助けられてきたのです。例えば、崖っぷちに立たされた時、不安を捨て自分を信じ、躊躇なく橋渡しのない崖を飛びぬけようと助走をつけて走り出すと、まるでインデイジョーンズの映画のように、一瞬にして目の前につり橋が出現するのです。バーンと一瞬に!

しかし、現実生活では、奇跡の天使力に気づかないまま生きている人がほとんどです。私自身も、奇跡の天使力を信じ切り身をゆだねるまでは時間がかかりました。恵まれた日本で暮らす平穏な日常で、外的な条件による事象に対して、一喜一憂する、悩み苦しんだりを繰り返していたのです。なぜなら、私たちは成長の過程で、親から教えられた一般常識、知識を身に着けることにより、本欄備え持っている素晴らしい智慧や叡智を封印してしまっているからです。

私の講演の表題は「奇跡の天使力」-あきらめなければ奇跡はいつも隣り合わせ―です。奇跡の定義は、一般的には、有り得えないことが実現するという理解になるのでしょうが。

しかし、世界で様々な体験をしてきた私が考えるのは、奇跡とは、私たちが本来魂の奥底から望んでいることであり、自分が作ったガードを外せば必ず成就できるということです。でも、ほとんどの人は、もう少しで手が届くはずの奇跡の手前でUターンして戻ってしまうのです。

「どうせ無理、私には夢にしか過ぎなかった」

と自分に言い聞かせて。なんて勿体ないことでしょう。奇跡は、私たちの到着を必ず待っていてくれるのに。

講演の時は、「菊池さんだから奇跡を起こせたので、私たちにはとうてい無理です」と言われることもよくありました。しかし、実現を証明するために、私は、世界での長年のボランテイア活動の中、絶体絶命の状況になった時、何度も何度も必ず大成功へと導かれた事案を自分なりに読み解いていきました。すると、これらが起こることには、一定の法則、条件があると気づいたのです。これは私の徐々に深まる気づきと共に整っていきました。                                             

ー命のしずくー

私たちは誰もが幸せになりたいと願っています。

以前、ベラルーシ共和国で、キリスト教とユダヤ教の融合を目的とし、聖書を配布するイスラエルの団体代表に出会い、アルメニア共和国への聖書配布の旅に同行するという稀な経験をしました。

アルメニアは、紀元301年世界ではじめにキリスト教を国教とした国で、第一世界大戦時の大虐殺の歴史は広く知られるところです。トルコとの国境には、約3900メートルの巨大なアララト山が鎮座し、天空に向かい黒々とそびえ立っています。「旧約聖書」にでてくるノアの箱舟が、大洪水の後、アララト山に流れ着き埋没しているという言い伝えがあります。

アルメニアの各地方の教会に集まった人々は、固唾を飲んで、生まれて初めてのマイ聖書を手にする瞬間を待っていました。そして次々に胸に聖書を抱きしめ、口づけし喜びで涙していました。教会は歓喜の嵐に包まれました。それだけ、信仰、教えというものが、生きるうえで、命のしずくともいえるほど大切なものだということです。学ぶ喜び、知る喜びが枯渇すると、人は枯れて行くのです。

私自身は,30代前半に出会った人生の師から、神道、キリスト教、仏教の真理、人生哲学、舞や謡い、雅の世界、身体の癒し、食の道、書の道とあらゆることを伝授頂きました。また教えと共に、世界の歴史に残る場所に身を運んだのです。

モーゼに十戒がおりたシナイ山(エジプト)、キリストが生き還られた足跡(イスラエル)、仏陀の生誕地ルンビニ(ネパール)・悟りを得た地(インド)、トルコの古代哲学者メブラーナの祭典、聖母マリアの終焉の地、レオナルド・ダヴィンチ終焉の館(フランス)、聖母マリア出現のルルドの泉(フランス)、フイレンツエ花の聖母マリア寺院700年記念式典出席、韓国の始祖 檀君の御陵・セゾン大王の足跡,インドのマザーハウス、ハワイの聖地巡礼やカメハメハ大王のパレード参加、中国の万里の長城・莫高窟他を訪ねました。

師の導きで世界に身を運び、歴史を体感することに、30代で働いたお金と休みを全て費やしましたが、これらは、自分自身を育成する投資となったのです。

今、私たちの周りには、教えやセミナー、宗教、哲学、成功哲学、瞑想法等の本が溢れています。かつて、仏教の経典を手にするために、命がけで荒ぶる海や遠く陸路を渡った人々がいたことから比べると、なんと恵まれていることでしょう。さらに、YOUチューブで、貴重な講演や癒しの音楽等をいつでも無料で聴くことができるとは、贅沢な限りです。ほんの100数年前まで思いもよらなかったことです。時代の波が、それだけ、私たちの気づき、目覚め、進化を後押ししてくれているということです。時代の意識が上がって、私たちも目覚めていくべき時期に来ていると実感しています。                                             

多くの方々に、生まれ持つ力「奇跡の天使力」に目覚め、幸せに包まれる毎日を過ごして頂きたいと願っています。

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