お城カタリストの城語り

日本には現在もかつての姿をとどめている城が12箇所あるという。古くは国府の守備の拠点として、そして武士の時代には、武士の居住地と敵からの侵入を防ぐためのバリケードとして作られた日本の城は、やがては政治の拠点としてその役割を変えてきた。シリーズ「お城カタリストの城語り」は、お城カタリストの野口紀美氏が、城の歴史にスポットを当て、我が国の歴史や文化を分かりやすく解説する。

【城の歴史52】戦争によって焼失した天守

現在、江戸時代以前からの姿で残る「現存天守」は12基あります。けれど昭和20年代までは、20もの天守が現存していたのです。そのうち18の天守が、昭和4年(1929)に制定された「国宝保存法」によって、未来に継承すべき国の宝として国宝に指定されました。 その貴重な天守が、大東亜戦争(太平洋戦争)の空襲によって多数焼失しています。10万人以上もの死者を出したといわれる昭和20年(1945)3月10日の東京大空襲を転機として、アメリカ軍は日本各地で焼夷弾による空襲を激化させました。5月14日の朝、アメリカ軍の爆撃機B25は無数の焼夷弾を名古屋市北部に投下します。この大空襲によって、名古屋城(愛知県) …

この続きは、ロンダンを定期購読頂くことで閲覧が可能です。

価格:月額1100円(税込)

ログインして閲覧する

お城カタリストの城語り 
過去記事一覧

テキストのコピーはできません。