国をまもってきた日本の歴史

太古の昔から連綿と続く我が国は、一度も王朝が変わることなく続いてきた世界でも稀な歴史を持つ国である。そんな我が国が、他国の侵略を受けることなく長い歴史を辿ることができたのは、果たして「極東の島国」という地理的な要因だけが理由だろうか? シリーズ「国をまもってきた日本の歴史」では、気が遠くなるような長い時間、我が国がその美しき国体を守り続けてこられたその根源に見え隠れする、たぐいなき歴史や文化に迫る。

建国と日本のまもり(1)

 2月11日は現在「建国記念の日」という祝日で、祝日法(国民の祝日に関する法律)では「建国をしのび、国を愛する心を養う」日となっている。筆者も大学の講義などで機会あるごとに触れているが、普通の国であればその国を代表する祝 …

 2月11日は現在「建国記念の日」という祝日で、祝日法(国民の祝日に関する法律)では「建国をしのび、国を愛する心を養う」日となっている。筆者も大学の講義などで機会あるごとに触れているが、普通の国であればその国を代表する祝日であるはずのこの日に対する日本人一般の意識はあまり高くないようである。

 他国における建国の記念日を見てみると、たとえばアメリカ(独立記念日7月4日)は1776年にアメリカ独立宣言が採択された日、フランス(パリ祭7月14日)は1789年バスティーユ牢獄襲撃によってフランス革命が始まった日である。また、中華民国(双十節10月10日)は1911年の武昌起義(辛亥革命勃発)、中華人民共和国(国慶節10月1日)は1949年毛沢東による建国宣言の日となっている。戦後独立したアジア・アフリカの国々は、宗主国からの独立を宣言した日であることが多い。これに対して我が国の2月11日というのは、初代神武天皇によって日本が建国されたとする西暦紀元前660年の旧暦1月1日を、明治6年(1873)新暦に直して「紀元節」と定めたことによる。現在でも建国の地に鎮座する橿原神宮はじめ、日本全国の神社で紀元祭や建国祭が斎行されている。

 建国の“年月日”については『日本書紀』の記述がもとになっているわけだが、これを架空の神話だから根拠に乏しいとする主張も根強い。しかしこれは、他の国々において「建国の日」とされるのが、カレンダーとして西洋産のグレゴリオ暦(現行太陽暦)が定着してからのものであるのに対して、日本の建国はそれらよりもずっと早い時代のものであるということでもある。日本の建国=初代神武天皇の即位をもって始まった神武天皇即位紀元のカレンダーが1月1日からと見立てるのはある意味当然であって、それを明治時代になって国家的祝日として制定する際に、西洋のカレンダーに合わせたまでである。戦後、昭和20年(1945)12月の神道指令(国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件)で「本指令ノ目的ハ宗教ヲ国家ヨリ分離スルニアル」「本指令ノ各条項ハ同ジ効力ヲ以テ神道ニ関連スルアラユル祭式、慣例、儀式、礼式、信仰、教ヘ、神話、伝説、哲学、神社、物的象徴ニ適用サレルモノデアル」とされ、それに合わせるように、昭和23年7月施行の祝日法では2月11日「建国の日」がGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)により削除されてしまった。『日本書紀』や神武天皇とは無縁の祝日という装いで「建国記念の日」として復活するのは、昭和41年のことである。

 さて、では戦前の日本人みんなが神話をまったくの“事実”として教条的に信じ込んでいたのかというと、そうではない。先述の神道指令でも「神道ノ教理並ニ信仰ヲ歪曲シテ日本国民ヲ欺キ侵略戦争ヘ誘導スルタメニ意図サレタ軍国主義的並ニ過激ナル国家主義的宣伝ニ利用スルガ如キコトノ再ビ起ルコトヲ妨止スル為ニ再教育ニ依ッテ国民生活ヲ更新シ……」とされているが、「神道ノ教理並ニ信仰ヲ歪曲」したのは、むしろ神道が侵略の思想的原理であったかのような扱いをしたGHQ、そして戦後日本の方ではなかったか。本年の紀元節にあたって、昭和20年6月21日に神風特別攻撃隊として出撃し、23歳で戦死した山口輝夫海軍少尉(國學院大學から学徒出陣)の遺書の一節を紹介したい。

 じつに日本の国体は美しいものです。古典そのものよりも、神代の有無よりも、私はそれを信じてきた祖先たちの純真そのものの歴史のすがたを愛します。美しいと思います。国体とは祖先たちの一番美しかったものの蓄積です。実在では、わが国民の最善至高なるものが皇室だと信じます。私はその美しく尊いものを、身をもって守ることを光栄としなければなりません。

 我々と同じ日本人が、このように建国以来の歴史の重みを背負って戦っていたのである。本年も、国をまもるために戦った無数の先人たちや今の平和に感謝しつつ、建国の日を奉祝したい。

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