戦後教育からの脱却

大学法学部卒業後、サラリーマンを経てライティング・WEB関連会社を設立。
法律的な観点から東京裁判の矛盾を検証したことをきっかっけに、正しい歴史認識を普及する活動をスタート。
戦後教育・戦後レジームから脱却し、真の日本を取り戻すことを目指す。

東京裁判について考える⓶2つの視点から見る東京裁判(政治的な視点編)

東京裁判を法律的な視点から見ると、適正な裁判でなかったことが理解できるだろう。 その一方で、もう一つの大切な視点を忘れてはならない。 それは、政治的な視点から見た時に、東京裁判はどのように見えるのかという点である。 シリ …

東京裁判を法律的な視点から見ると、適正な裁判でなかったことが理解できるだろう。
その一方で、もう一つの大切な視点を忘れてはならない。
それは、政治的な視点から見た時に、東京裁判はどのように見えるのかという点である。
シリーズ第2回目の今回は、政治的な視点から改めて東京裁判に迫りたいと思う。

政治的な視点から見た東京裁判

法律的な視点から見ると欠陥だらけの裁判であるが、政治的な観点から見ると大きな意義を持った裁判になる。
それは、国家主権の早期回復が可能になったことであろう。

日本は、ポツダム宣言の受諾から主権の回復に至るまでを、短期間で達成している。
このような速さで日本の立ち位置を確立できたのは、外ならぬ東京裁判の影響が関係していると言えるだろう。
ポツダム宣言の内容に書かれている内容やアメリカの関与により、経済大国になるまでの基礎が出来上がったのだ。
これは、戦後の日本だけの力では、実現が難しかったかもしれない。

法律的な視点から見ると、粗雑な点が多かった裁判であったが、“国家主権早期回復”という点を考えると、必要な出来事であったと言えるだろう。
国内だけでなく、国際的な視点から見ても、必要不可欠な政治ショーであったことは否めないのである。
そして、これは主権回復や経済発展に限った話だけではない。

天皇への責任追及を東京裁判の開廷によって回避

もう1つ押さえておきたい部分としては、この話題ではよく議論される天皇への戦争責任である。
A級戦犯に対しての処刑の話題はよく登場するが、天皇についてどういう対処がなされたのか、ということは聞かないはずだ。
実は、天皇に対しては、その処遇をどうすべきなのか、様々な議論があったことを知っているだろうか?

侵略戦争を犯したことが国際法違反になるとして、天皇自身も東京裁判で訴追されるのでないかという動きが実際に見られたのである。
この動きが実現していれば、日本の歴史も変わっていたかもしれない。
その一方で、別の形で責任を取る方法として、天皇の地位を退位することを検討していたという事実もあった。
だが、これらの対応が実現しなかったことは、周知の事実である。

結果として、敗戦後の日本の象徴の位置づけ、天皇制の維持が継続されることになった。
これは、日本の占領政策を不足なく進めるために、GHQが天皇の存在が必要だと判断して上で決定されたのである。
そして、A級戦犯という生贄と引き換えに象徴天皇制を維持したのである。
結果、天皇に対しての戦争責任は、政治上の事情から有耶無耶になってしまった感が否めないだろう。

まとめ

政治的な視点から東京裁判を見ると、戦後混乱期の日本が国際社会に早期復帰するために必要な過程であったことは否定できない。
現在の日本の基盤を築いたという点からすると、当時のアメリカの占領政策は一概に全てが間違っていたとは言えないのである。
特に、天皇制の維持に関しては、大きな成果である。
しかし、東京裁判の正当性に関しては全く別問題であり、これは個別に考えなくてはいけないのである。

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