一般的には「寺田屋事件」と呼ばれることが多いが、文久2年(皇紀2522年)の薩摩藩志士鎮撫事件と、慶応2年(皇紀2526年)の伏見奉行による坂本龍馬襲撃事件があり、前者の事件を区別して示すために、表題の呼称を用いることにする。 「幕末四賢侯」の一人であった、名君・島津斉彬公から進めさせて頂く。 松平春嶽(福井藩主:徳川御三卿の「田安徳川家」当主・徳川斉匡の八男として誕生し、弱冠11歳で福井藩主に推挙により就いた)、伊達宗城(宇和島藩主:旗本・山口直勝の次男として生まれ、伊達宗紀の養子となり養父隠居に伴い藩主に就任した。)、山内容堂(土佐藩主:分家である南邸山内家当主・山内豊著の長男として …
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