我が国を想う

世界的に見ても安全な平和国家として知られるわが国日本だが、多くの問題が内在している。コメンテーターが判で押したように通り一辺倒なコメントしかしない時事ニュースをはじめ、様々な話題に切り込む、シリーズ「我が国を想う」。国を愛する筆者がいま一度世の中に真を問いただす!

AIは、日本を救わない。

最近AI人工知能なるものがはやっています。マスコミは、まるでコンピュータ自体が思考回路を持っているかのように報道しています。

ご存知の方も多いと思いますが、コンピュータは0,1の足し算しかできません。×は+、÷は-、-は+ですから、全ての演算は+でできます。

例えば、掛け算4×3=12は、4+4+4=12と足し算に直せます。

割り算12÷3=4は、12-3-3-3-3=0と引き算に直せます。12個のりんごを3人で分けるとすると、3個ずつ取っていき、4回取れば0個となるので、答えは4個です。13÷3=4余り1は、13-3-3-3-3=113個のりんごを3人で分けるとすると、3個ずつ取っていき、4回取れば1個となるので、答えは4個余り1個です。余った1個を3人で分けるとすると、10進数なので10等分して、0.1個となります。3人で分けるとすると、0.3個ずつ取っていき、1-0.3-0.3-0.3=0.1となり、0.1個を3回取っているので、答えは0.3個余り0.1個です。これの繰り返しになります。13÷3=4.3333…..

次に0の割り算は、どうなるでしょう。0÷3=0。0個のりんごを3人で分けると0個です。では12÷0はどうなるでしょう。12-0-0-0-0-…..=12。何回引いても12のままですから、答えはできない。不能となります。「何回でも無限に引ける」とも考えられます。関数の極限y=12/xは、x→0の時、無限大となります。

では、0÷0はどうなるでしょう。0-0=0, 0-0-0-0-0-0=0となり、1も答えだし、5も答えになります。1つに定まらない、不定となります。関数y=sinx/xは、x=0の時、0/0になりますが、x→0の時、1になります。関数y=5sinx/xは、x→0の時、5になります。

最後に引き算4-3=1は、4+(-3)=1となり+に直せます。

従ってすべての演算は足し算でできます。

少し、高度な数学になっても、微分は割り算、積分は掛け算ですから、当然足し算でできます。微分dy/dxは、分数の形で表されるように、dy÷dxで割り算です。積分∫f(x)dxは、f(x)×dxで掛け算です。三角関数や対数関数は、関数展開すれば、足し算に直ります。

以上のように、宇宙における全ての事象は0,1の足し算でできるのです。私は、究極の単純と言っています。

話が逸れますが、我国は技術立国を目指すべきだと思います。

縄文土器は、煮炊きにも使われ、料理に使われた世界最古の土器である事がわかってきました。世界最古の文明と言えるでしょう。学校で習う世界四大文明は、文字が有ったか無かったかが基準です。言葉が通じない者同士が取引をするのに、意思疎通を図る必要があります。その必要に迫られて、文字が発達しただけで、それをもって文明とするのは、いささかの疑問を感じざるを得ません。

太古の昔から、我国は技術立国だったと思っています。技術立国を目指すには、理系の教育をしっかりやらないといけません。そのために必要なのが基本です。四則演算は、基本中の基本です。小学校で教えられています。ところが、割り算が引き算であることがわかっていない小学校の先生がかなりいます。0の割り算ができないのです。引き算であることを理解していれば、できないはずありません。

実際の計算ができるように、子供達に教育しなければなりませんが、基本的な考え方を教育しなければ、理系人間は育てられません。基本を習得していれば、応用が利きます。上述のように0の割り算を理解していれば、関数の極限を求めるときに応用が利きます。

微分は割り算、積分は掛け算であることを理解していれば、様々な事に応用できます。例えば、道のりの計算に応用できます。

距離s=速度v×時間tとなり、掛け算ですから積分です。

s=∫v(t)dtとなります。

速度v=距離s÷時間tとなり、割り算ですから微分です。

v=ds/dtとなります。

このように基本を習得していれば、応用が利きます。残念ながら学校では、

「関数y=x^2を微分するとdy/dx=2xになる。」

と計算のやり方は教えられますが、基本的な考え方は教えられていないように思います。

話を本題であるAI人工知能に戻します。

マスコミは、まるでコンピュータ自体が思考回路を持っているかのように報道しています。0,1の足し算しかできないコンピュータが未来永劫、思考回路を持つ事はありません。

総務省はAIを次のように定義しています。「知的な機械、特に、知的なコンピュータプログラムを作る科学と技術」AIはソフトウェアであってすべて人間がプログラミングしています。従って、AIが人間の英知を超える事は、ありえません。

人工知能という言葉はアメリカで生まれました。100のものを200に誇張して大げさに言うのがアメリカの文化で、100のものを50に、控えめに、奥ゆかしく言うのが日本の文化であると考えています。だから如何にもすごい事のように感じるのだと思っています。Microsoftのアナウンスなんかでも、大風呂敷も良いとこで額面通りに受け取るとがっかりします。話1/4で聞くのが適当です。

それと同じで、AIはITの延長上にあるもの程度に考えるのが無難だと思います。昨今の風潮を見ていると、上述のようにAIの定義が曖昧なのをいいことに、何でもかんでもAIにしてしまっています。

AIとはどういうものか、詰将棋を例にとってみましょう。上の図は最も簡単な一手詰めです。将棋を知っている人なら、即座に2二金と答えるでしょう。しかし、コンピュータ(AI)の場合はどうなるでしょう。2二歩、1一金から4四金まで盤面させる手をすべて検討します。そして、2二金だけが詰むと答えを出します。そこに、思考などありません。単純作業の繰り返しです。しかし、超高速で超正確にやってくれます。詰将棋なら、何手詰めであっても、間違えることはありません。

上の図のように、コンピュータは、5つの装置から成り立っています。全ての装置は、最終的には0,1の二進数で処理します。従って、そこから思考が生まれる余地はありません。

コンピュータは、これまで画期的な進歩を遂げてきました。

ソフトウェアの分野では、最初のプログラミング言語は二進数の機械語だったのが、人が理解できるアセンブラ言語、より高度なコンパイラ言語へと進歩していきました。また、計算順序を中心にプログラムを作成する手続き指向プログラミングから、隠蔽化, カプセル化や継承といった考えを取り入れたオブジェクト指向プログラミングに進歩していきました。

ハードウェアの分野では、演算装置には真空管が使われていたのが、トランジスタ、集積回路へと進歩し、急速に高速化、小型化が進んでいきました。外部記憶装置は、磁気テープを頭から読み込むシーケンシャルアクセスから、磁気ディスクに代わりランダムアクセスが出来るようになりました。

今挙げたような項目は、コンピュータに劇的な進歩をもたらしました。このようにハードウェア、ソフトウェアの画期的な進歩によって、どんどん利用できる範囲が広がっていきました。

では、AIは何か劇的な進歩をもたらすでしょうか。AIは何ら目新しいものではありません。総務省の定義する「知的なコンピュータプログラムを作る科学と技術」であれば、今までと何ら変わりません。

コンピュータの特徴をよく理解し、うまく使えば、コンピュータ程役に立つものはありません。使い方を間違えなければ、人間をはるかに超える能力を発揮します。「AIが人の仕事を奪う。」などと言われていますが、今までも、コンピュータの進歩によって、次から次へと人間の仕事は奪われてきました。これからも少しずつ置き換わっていくでしょう。AIだからということはありません。ここまで見てきたように、コンピュータ自身が、思考能力を持つ事は絶対にありません。AI人工知能などという言葉の印象に惑わされてはいけません。

NHKがNHKスペシャル「AIに聞いてみた」というとんでも番組を作っていました。シリーズ化しています。この番組の最終的な真の狙いは、NHKの主義主張をAIに言わせようというものだと思っています。

憲法改正反対だの日本は悪い国だの自分達の主張をAIがこう言っていると言って代弁させ国民を欺こうとしているのだと予想しています。歴史のデータと国民の声を大量に記憶させ、客観性を装いながら、「憲法改正反対」、「日本は悪い国だ」という印象をさりげなく刷り込む事など、人間がプログラミングするのですから、いとも簡単です。プログラミングしたかのように見せかける事すらお茶の子さいさいです。 AIは、客観的な判断をしません。SEの胸先三寸でどうにでもなります。政治判断をAIに委ねるなど愚の骨頂です。国民が騙されない事を願っています。

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