お城カタリストの城語り

日本には現在もかつての姿をとどめている城が12箇所あるという。古くは国府の守備の拠点として、そして武士の時代には、武士の居住地と敵からの侵入を防ぐためのバリケードとして作られた日本の城は、やがては政治の拠点としてその役割を変えてきた。シリーズ「お城カタリストの城語り」は、お城カタリストの野口紀美氏が、城の歴史にスポットを当て、我が国の歴史や文化を分かりやすく解説する。

【城の歴史2】なぜ環濠集落はつくられたのか?

弥生時代は「水田稲作の伝来」によって、安定した食料が確保できるようになりました。つまり、定住して安定した暮らしが可能になったということです。 にもかかわらず、軍事施設である「お城」の機能を備えた「環濠集落」がつくられたのはなぜでしょうか? 弥生時代の前時代である縄文時代と比べてみましょう。縄文時代は「狩猟」を生きるための手段としていた時代です。獲物がなくなれば他の場所に移り住む「移住生活」をしていました。 獲物がすぐに見つけられるよう、小高い場所に竪穴式住居をつくったり、生きていくために必須の水がある水辺近くで暮らしていたそうです。 青森県の三内丸山遺跡では、それまでの縄文時代のイメージを大き …

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