建設経済新聞 出張所

㈱吉村建築事務所 取締役社長 森田一徳氏【シリーズ 風貌~私の経営哲学~】

【京の老舗 その歴史】
 今年創業76年目を迎えた㈱吉村建築事務所は、初代・吉村栄介氏(故人)が興した老舗企業だ。京都で老舗と呼べる同業他社は、数えるほどである。
 初代のカリスマ性に惹かれ人材が集い、2代目(代表取締役会長・吉村光弘氏)が資産と人材を活用。今日まで看板を掲げ続けてきた。

【変化の時】
 しかしいつまでも歴史・ネームバリューにあぐらをかく訳にはいかない。社の更なる発展のため、4代目社長の座には外からの人材を起用する決断がなされた。 そのバトンを受け継いだのが、森田一徳氏である。
「就任後、今までの取引先を洗い出しました。すると、ゼネコンからの仕事が多くなかったんです。これには驚きました」
 ゼネコン側の「老舗の吉村さんに依頼するのは恐れ多い」という遠慮から声がかからないこともあったそうだが、自社からも積極的な営業を行っていない状態も浮き彫りとなり、旧態依然の状況に危機感が募ったという。

【改革と反発】
「口を開けて待っているだけの仕事では、時代から取り残されます。さまざまな見直しや改革が必要でした」
 手始めに社員の生産性を〝見える化〟し、能力に応じた評価を行えるようにした。それに伴い人員を整理。若い人材を入れることで職場を活気づけ、一人一人が社を支える気持ちを養える環境づくりを目指した。
「私は一級建築士の資格は持っていないんですよ」
 そのこともあってか、改革への反発は大きかった。
 確かに、自身は〝職人〟ではない。それでも経営側からの使命を帯びてここにいる。その気概だけは確かだった。
「会社は、潰れるんですよ。だから危機感を持たないと」

【向かい風を受けながら】
 反発を受けながらも、同社に必要なことを指摘し、諭し、自らが行動で示した。
 社員とは定期的な個別面談の場を持ち、回を重ねる中で想いを伝え続けた。
「一人の力では変わらないですからね」
 社長就任後、2年が経つ。今では賛同してくれる社員も増え、一丸となって仕事に臨む職場に変化しつつあるという。数字としての結果も出てきているようだ。

【BIMの導入】
「もっとお客様に寄り添って」という想いを実現できるツールだと評価する。全方位、内部に至るまで視覚化できる点は提案モノの案件に必要不可欠だそうだ。
「当社は量産型の建築は行っていません。プロとしてゼロからイチを創る仕事です。依頼主に適切に寄り添って、理解し、提案ができなければなりませんからね」

【歩んできた道】
「周囲の方に恵まれていました。口利きや人脈に何度も助けられ、ここまでやって来れたんです」
 謙遜しながら振り返るが、それも森田氏の人徳・人柄に依るものだろう。
「影響を受けた人物ですか?この質問には必ず、伊藤貴俊さん(㈱日本エスコン・代表取締役社長)のお名前を挙げさせて頂いています」
 ㈱日本エスコンは、スピード・企画力・情報力が強みの不動産総合開発企業だ。北海道日本ハムファイターズ新球場のネーミングライツを取得し、北海道での大規模開発に参画した企業と記せば、ピンとくる読者も多いだろうか。
「30歳を過ぎて〝いつまで自分の意志を持たずに、人の言いなりでやっていくのか〟と悩みました」
 熟考の末、転職。飛び込んだのが同氏の会社だった。

【学び得た基本軸】
「全てにおいて〝すごい〟人です。到底及びもしませんが、私の目標です」
 伊藤氏を語る口調は次第に熱を帯びてくる。
「怒ると怖い人でもありました。今でもお会いする際は緊張します」
 しかし、理由なしに怒られたことはないという。
 意見を持たず、安易に質問すると強く叱責された。「考えを出せ」と、とにかく言われたそうだ。「どうしたら?」の前に「こうしたい!」を持てと。
「社長がこういう人でしたから、同様の考え方を持つ部課長が育ちます。人の成長を共有しながら仕事に取り組む土壌が整っていました。近道が良いとは限らないんです。遠回りでも、自分で考えて行動しないと」
「何度も何度も怒られましたよ。それでもなかなか癖は抜けないんですけどね」はにかみながら付け加えた。

【背中を追って】
 伊藤氏も創業社長ではなく、外部から駆け上がった人だ。同氏が社長になった際、社を去った者もいたが「残った社員、盛り立ててくれる想いを守る。社長として諦める訳にはいかない」と自己を鼓舞したそうだ。
 その境遇に自分を重ね、森田氏は前へと進んできた。

【若い世代へ】
「どんな業種にも通じることですが、〝他人事〟ではなく〝自分事〟として仕事と向き合って欲しいですね。決断を嫌がったり失敗を恐れてばかりでは、楽しくないですよ」

【編集後記】
 経営者として本質を見抜き、鋭い洞察力を持つ森田氏は、まさに〝慧眼の士〟といえるだろう。
 氏の言葉を噛みしめ、私もまたペンを執りたい。
(本紙記者 佐々木雄嵩)

【企業情報】
会社名/㈱吉村建築事務所
代表者/吉村光弘
京都事務所/京都市左京区鹿ケ谷上宮ノ前町28
℡/075-771-6071

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