我が国を想う

世界的に見ても安全な平和国家として知られるわが国日本だが、多くの問題が内在している。コメンテーターが判で押したように通り一辺倒なコメントしかしない時事ニュースをはじめ、様々な話題に切り込む、シリーズ「我が国を想う」。国を愛する筆者がいま一度世の中に真を問いただす!

小学歴史教科書を検証する 満州事変その②

②「満洲国」をつくって,政治を進めていきました。前回、積み残した「満洲国」について書きます。 「満洲国」は傀儡政府だ。と言いたいのでしょう。満洲国が傀儡なら、モンゴルはソ連の属国です。蒋介石は英米の傀儡でした。 今の我国 …

②「満洲国」をつくって,政治を進めていきました。前回、積み残した「満洲国」について書きます。

「満洲国」は傀儡政府だ。と言いたいのでしょう。満洲国が傀儡なら、モンゴルはソ連の属国です。蒋介石は英米の傀儡でした。

今の我国国民が、最も勘違いしているのは、満洲は支那人の土地である、と思い込まされている事です。満洲は満洲人の土地で支那人の土地ではありません。清朝は満洲人の王朝です。清朝=満洲帝国が支那を征服支配していたのです。

余談ですが、今、チャイナドレスと言われている服装は、満洲人が着ていた服装で言うなれば満洲ドレスというべきものだそうです。本当のチャイナドレスは、日本の着物に近いものだそうです。清朝=満洲帝国が、支配している時に置き換わったのです。

支那の歴史で支那人の王朝であったことは、1/3もありませんでした。支那の歴史や文化に連続性はありません。本当のチャイナドレスは消えてなくなり満洲ドレスに代わってしまっている事なども、文化に連続性が無い事の一例でしょう。話を元に戻しまして、我国が、日露戦争で満洲を占領できたのに清朝=満洲帝国に返したのも、満洲は満洲人の土地だからです。満洲に支那人は、一人も住んでいませんでした。清朝(=満洲帝国)末期、清朝の勢力が衰えた時に、どさくさに紛れて張作霖率いる奉天軍閥が支配したのです。張作霖に満州を支配する正当性などありません。

我国は清朝=満洲帝国の最後の皇帝で満洲人である溥儀を立て、立憲君主国を目指しました。

渡部昇一氏は、次のように書いています。

*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*

張作霖・張学良の親子は、満洲で悪政を行なっていたことは確かなのである。

奉天省では袁金鎧(えんきんがい)が、吉林省では熙洽(きこう)が、熱河省では湯玉麟(ろうぎょくりん)が、ついで黒竜江省では張景恵(ちょうけいけい)が独立を宣言した。ここがそれぞれ代表を出し、関東軍の指導の下に新しい国家を作る相談として、満洲国を建設し、溥儀を執政に迎え、内閣首班を鄭孝管(ていこうかん)にしたのが昭和七年(一九三二)三月九日である。満洲独立は一種の大政奉還として受け取られるようになったのである。

*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*

[日本史から見た日本人昭和篇渡部昇一] また、ジョージ・ブロンソン・レーは著書『満洲国出現の合理性』(一九三六年)で、日本についてこう書いています。

「満洲国の絶対独立及主権を承認し其の独立を擁護する事を声明したことは著者の目から見ると侵略行為とか領土征服どころではなく、近世史上におけるもっとも特筆すべき自制的及利他的行為である」

繁栄の象徴。南満州鉄道特急「あじあ」号大連-哈爾濱(ハルビン)間を最高時速130Km/hで結んだ。

①中国は,この日本の動きを,侵略であるとして国際連盟にうったえました。

まず我国の歴史教育や歴史報道がおかしいのは、主語が「我国」ではない事です。

事実関係とともに、我国がどう考え、どう行動したかが大切です。

にもかかわらず、「支那が侵略だ、と国際連盟に訴えた。」としか書いていません。それに対して、我国が、なぜ軍事行動を起こしたのか、支那の訴えに、どう反論したかが、書いてありません。

そもそも、「国語」を「日本語」と言わないように、「日本史」という言い方自体がおかしく、「国史」というべきです。「日本」を相対化し、まるで他人事のように扱っています。これも愛国心を持たせないための一つの手段でしょう。前回説明しました様に、我国のとった行動は、治安を維持するための警察行為であり、正当な権益を守るための軍事行動でした。米英は、日本の警察行為を認めないと、自分たちのやってきた行為の正当性が主張できなくなります。

一例をあげましょう。

昭和2年3月24日、南京事件が発生しました。

蒋介石の北伐軍が南京を占領した際、外国領事館、居留民団などを襲撃し、強姦、虐殺・掠奪のかぎりを尽した事件です。

米英仏の三ヶ国の軍艦は、報復攻撃として南京城内に向けて艦砲射撃を行いました。日本の警察行為を認めないのであれば、彼らの行動の正当性も失われます。

余談ですが、南京事件の本家本元はこの事件の事で、南京大虐殺の事ではありません。

余談ついでに、米英仏の三ヶ国が報復攻撃を行う際、我国にも参加するよう要請してきました。ところが当時外相だった幣原喜重郎は、「支那は、未来永劫、我国に感謝するだろう。」と要請を断ったのです。その結果は火を見るより明らかです。完全に我国を見くびった支那は、外国排斥の標的を英国から日本へ変更し、その後の済南事件や満州での排日侮日に繋がっていくのです。

いつまで我国は同じ過ちを繰り返すのでしょうか。

天安門事件の後の天皇陛下が訪中し、支那のやったことは、徹底した反日侮日でした。「歴史に盲目なものは、未来にも盲目である。」なのです。 ③国際連盟は,調査団を送って調べた結果,「満州国」を認めないことを決議しました。

リットン調査団は、支那の悪行に対する警察行為を認めていました。

ヘレンミアーズは、次のように述べています。

*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*

リットン調査団が集めた事実を証拠としてつかえば、日本は中国を世界平和を乱した罪で告発できる。報告は日本自身では考えつかない中国告発の材料をそろえてくれた。しかも、これで日本の「警察行動」は正当化されてしまう。

リットン報告は「中華民国」の「中央政府」という考え方は、法的擬制にすぎないことを認めている。また、同報告によれば、「軍閻」政権の多くは、南京政府(蒋介石)を中央政府として認めておらず、単に「たまたま外国勢力から中央政府として認められているにすぎない」と考えているのである。

日本にとって、リットン報告の見解は「法的」にきわめて重要である。もし、ある「軍閻」政権が外国勢力に認められたというだけで「中央政府」になれるなら、大国である日本が自分の勢力圏内にある望ましい政権を中央政府として認めてならない理由はないのだ。もし、中国の中央政府が報告で明確にされているように法的擬制なら、日本の満洲政府も同じである、と日本は考えたのである。

*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*

[アメリカの鏡・日本新版ヘレンミアーズ、Helen Mears、伊藤延司] リットン報告は、事実関係において、日本に正当性があるように、書いておきながら、日本は占領を解除して、事変前に戻し、国連の共同管理にしよう、と結論付けたのです。その最大の理由は、第一次上海事変が起こり、米英が日本の経済的権益の拡大を恐れたからだ、と思われます。

また国際連盟に正義はありません。

一例をあげましょう。国際連盟を含めた新たな国際体制について討議したパリ講和会議において、我国は、人種差別撤廃を世界で最初に提案したのです。多数決で可決されたにもかかわらず、アメリカ大統領ウィルソンによって否決されたのです。

今の国際連合(連合国)に至っても、日本国民は国連幻想が直りません。

満州国 首都新京 日本橋通り

③この決議にただ1国だけ反対した日本は,国際連盟を脱退し,国際社会のなかで孤立することになりました。

この時、有色人種の国で、まともな独立国は我国だけでした。強国の顔色をうかがう国が大多数でした。そうしないと生き残れないからです。

松岡外相は、国連で、日本の立場や考え方を正々堂々と原稿無しで英語で一時間半に渡り大演説を打ち満場の拍手で迎えられました。

名越二荒之助氏は、次のように書いています。

*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*

しかし何と言っても、十二月八日に行った「十字架上の日本」は、歴史に残る大演説と称えられた。

原稿なしの一時間半に及ぶ英語演説であり、当時の日本の立場を堂々と主張した。

要点だけを記せば、次の通りである。

①国際連盟には米ソは参加しないが、日本は平和に貢献するために参加した。その後支那の内状は悪化し、北方のソ連は連盟に加わらず、日本は極東の安定のために苦闘を重ねた。

②満洲における日本の軍事行動は自衛のためであって、すべての政党も国民も一致して支持している。それは満洲問題が、日本にとって生死の問題であるからである。

③満洲はそもそもツングース族のものであって漢民族の領土ではない。ツングースが中国に侵出して清国を創建したのであって、漢族が満洲を支配したことは歴史上なかった。

④リットン報告書は、日本軍を満洲から撤退させ、列国合同の国際憲兵隊で警備することを提案している。匪賊や不逞漢が跳梁する満洲である。どうして各国寄せ集めの軍隊で、治安維持が可能であろうか。

⑤一方報告書は、支那に強固な中央政府ができなくては、平和の実現は不可能とも述べている。極東の平和は、日中間で直接交渉すべき課題である。然るに連盟は、支那側の主張にのみ耳を傾けている。

⑥かつて二千年前、ローマはナザレのイエスを十字架にかけた。ところが今は欧米の大部分は、イエスの前にぬかづいている。今欧米の多くは、二十世紀の日本を十字架にかけようとしている。今日日本が十字架にかけられても、世界の世論はやがて日本に与するであろう。演説が終って席に戻ると、イギリスやフランスの代表は握手を求め、ワンダフルを連発し、「歴史的大雄弁」「これほど感激した演説を聞いたことがない」と激賞した。彼らは政治的立場を越えて、演説そのものに感動したのであった。

その日は総会後「リットン卿一行の満洲視察」と題する映画が公開された。この映画は満鉄弘報課が製作したもので、約一時間半に及んだ。各国代表のほか約六百人が鑑賞したが、みんな驚いた。反日派の急先鉾であるチェコのベネシュまで、「日本がこれほど満洲における開発と文化建設に力を尽しているとは知らなかった。日本はなぜもっと早く、この業績を海外に宣伝しなかったのか」と洩らしたほどであった。

*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++* [世界に開かれた昭和の戦争記念館〈第1巻〉満洲事変と支那事変 (歴史パノラマ写真館)  名越二荒之助 (編集) 展転社 (2001/02)]

支那が国際連盟に日本の侵略行為を訴え、国際連盟は「満州国」を認めないことを決議し、我国は国際連盟を脱退しました。この一連の流れだけを見ると、我国が侵略戦争をしたかのような印象になります。しかしながら、戦前、国際連盟に侵略者《aggression》と認定された例は、対エチオピア戦争で連盟の制裁対象となったイタリアと、対フィンランド戦争で連盟を除名されたソ連しかないのです。

この教科書の記述では、真実は到底見えてきません。

また、国際連盟を脱退したのは、我国だけではありません。、

我国より先に脱退したのが、大正14年にコスタリカ、大正15年にブラジルが脱退し、ラテンアメリカ諸国の脱退が相次ました。

我国が昭和7年に脱退し、昭和8年にナチスドイツが脱退、昭和12年にイタリアが脱退しました。その後も枢軸国側中小国の脱退が続出しました。

また、我国は国際社会の中で、孤立したのでしょうか。昭和15年の東京オリンピックは、昭和11年に誘致に成功しました。貿易が滞ったのでしょうか。文化交流が亡くなったのでしょうか。ベーブルースを含む大リーグの野球チームが来日したのは昭和9年です。

孤立したという具体的なものは何もないのです。実に巧妙な印象操作だと思います。

我国の脱退は、我国の敗北というよりむしろ英仏にとって、痛手が大きかったのです。

福井義高氏は、次のように述べています。

*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++

国際連盟を主導する英仏にとっても、日本の脱退は大きな外交的敗北を意味した。

中国に大した権益を持たないフランスは日本に宥和的であったし、英国も、厳しい対日世論のなか、何とか日本との妥協点を見出そうとした。

*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++*+++*+*++

[正論//2016年4月号論客58人に聞く初の憲法改正へ、これが焦点だ//サンケイ出版]

④天皇を中心とする政治のしくみをつくろうとする軍人などによって,政治家を暗殺する事件が,次々とひきおこされました。こうした事件の後,政治に対する軍人の発言がさらに強まりました。

「天皇を中心にするようにみせかけた政治のしくみをつくろうとする共産主義者たちが政治家を暗殺する事件が,次々とひきおこされました。」と書くのが正解でしょう。

天皇を中心にするようにみせかけた政治のしくみ、というのは以前「戦前の共産主義」で書いたように、天皇に権力を集中することで、自分たちが権力を握ろうとするものです。そして共産主義革命を目指すのです。

軍人を十把一絡げにしてすべて悪だったかのように扱っているのは間違いです。

問題は、マルクスレーニン主義に染まった赤色軍人であり赤色文民なのです。

例えば、二二六事件では、文民である北一輝が思想的背景でした。北一輝が書いた「日本改造法案大綱」は、革命派の陸軍青年将校のバイブルとされていました。私有財産の制限から、フェミニズムまで、一目共産主義とわかるものです。

しかし、この教科書は、実際は共産主義だったのに巧妙に国家主義、軍国主義だったかのようにすり替えています。

今まで、何回か教科書の記述の検証をしてきました。全て共通するのは、GHQのでっち上げた歴史がそのまま踏襲されています。子供達の脳は真っ白です。それを赤く染めるのが今の教育です。 一日も早くその事に国民が気付いてくれるよう微力を尽くして参ります 。

我が国を想う 過去記事一覧

世界的に見ても安全な平和国家として知られるわが国日本だが、多くの問題が内在している。コメンテーターが判で押したように通り一辺倒なコメントしかしない時事ニュースをはじめ、様々な話題に切り込む、シリーズ「我が国を想う」。国を愛する筆者がいま一度世の中に真を問いただす!

テキストのコピーはできません。