陣営によって「ヤルタ会談」が、「悲喜」の評価に大きく分かれたことは前稿(「日本の惨禍〈28〉」)で述べたが、その前年の8月~10月にはワシントンD.C.郊外にあるダンバートン・オークス(Dumbarton Oaks:ハーバード大学所属の研究機関。研究図書館および博物館と庭園から構成される。)で国際会議が開催されていた。 会議の目的は、国際連合憲章草案作成のための、国際法の専門の法律家による実務者会議であり、首脳会談ではなかった。 会談は2回に分けて行われ、1度目はアメリカ合衆国、ソビエト連邦、イギリスの3ヵ国間で、2度目はアメリカ、イギリス、中華民国の3ヵ国間で行われたが、安全保障理事会の常 …
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