お城カタリストの城語り

日本には現在もかつての姿をとどめている城が12箇所あるという。古くは国府の守備の拠点として、そして武士の時代には、武士の居住地と敵からの侵入を防ぐためのバリケードとして作られた日本の城は、やがては政治の拠点としてその役割を変えてきた。シリーズ「お城カタリストの城語り」は、お城カタリストの野口紀美氏が、城の歴史にスポットを当て、我が国の歴史や文化を分かりやすく解説する。

石垣づくりの城を全国に広めた秀吉の朝鮮出兵

「文禄・慶長の役」をご存知ですか。それは、天下統一を果たした秀吉が大陸進出を企てて、文禄元年(1592)と慶長2年(1597)に行った朝鮮半島への出兵のことです。この戦いでは、西国大名を中心に全国の100を超える大名が召集されました。 全国の大名たちが勢揃いするとは、当時では前代未聞のことです。私はこの朝鮮出兵が、石垣づくりの城を全国に普及し、定着させた最大のきっかけだと思います。なぜそう思うのか、順を追ってご紹介しましょう。 朝鮮出兵の本拠地として九州の北端につくられたのが「名護屋城(なごやじょう・佐賀県唐津市)」です。戦さに備えるためにつくられた城を「陣城(じんじろ)」と呼びます。仮の城で …

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